千空を避けるようになってから二週間近く経った。
日に日に忙しくなる人気者の千空に一日一回でも話しかけられれば幸せだなって思ってた。でも、ある日突然悟ってしまったのだ。私にとっては良くても、千空にとっては邪魔なんじゃないかって。もちろん彼がそんなこと言うはずはなくて、あくまで私が自主的に考えて始めたことだ。
寂しさを紛らわそうとスイカを抱き締めてみたりコハクや杠にそれとなく千空が元気か聞いてみたりはしてるけど、つらいものはつらい。自分で決めたことなのにもう挫けそうだ。情けないったらない。

「あっ」

そんな私をあわれに思ったのか、恋の神様が偶然にも千空とすれ違うチャンスをくれた……なんて思ってしまうくらいには、頭が千空でいっぱいだった。
元気?とかちゃんと寝てる?とか、その程度ならできるはずだった。はずだったのに。
千空。
そう呼び掛けようとして開いた口からは一つの音さえも出てこない。まるで喋り方を忘れちゃったみたいだ。どうしよう。私、いつも千空にどうやって話しかけてたっけ。
忙しい千空はきっとすぐどこかに行ってしまう。顔を見て話ができるだけで贅沢だ、だけど千空を避けていた反動でそんなんじゃもう全然足りない、けど、彼を引き止めるような大事な用なんてないじゃないか。
だけど、だって、でも。頭の中でそんなことを考えているせいで気が付かなかった。さっきから千空がその場を動いてないことに。
わりと大きめの声で名前を呼ばれて、ようやく私は我にかえった。

「はい!なんでしょう!」
「なんでしょうはこっちのセリフだわ。テメー自分の妙な動きに気付いてねえのか?」
「妙……」

私の努力も、千空にとっては妙の一言で片付いてしまうらしい。当然だった。

「なんでもない。うん、なんでもないんだよ……ただちょっと身の程を弁えたイイ女になりたくて」
「あ゛ぁ?」

予想はしてたけど、千空はワケ分かんねえって顔をしていた。もう泣きそう。でも久しぶりに千空とお話しできたからやっぱり嬉しい!情緒不安定か。

「ったく、何が目的かは知らねえがそんなにイイ女になりてえならこっち来て手伝いやがれ。ちょうど人手が欲しかったとこだ」
「それイイ女じゃなくて都合のイイ女じゃない!?」
「正解100億満点やるよ」
「うう〜酷い、でも嬉しい……」
「どういう情緒だよ」

泣きながら笑ってる私を見て千空はちょっと引いてたけど、やっぱり向いてないことはやめよう。彼の役に立てるならその方が絶対に良い。
涙をぬぐいながら歩いていると、なにやら巨大な荷物を背負った大樹が全力で手を振ってくれた。

「良かったな千空ー!!」

大樹の大声に耳を塞いだ千空は、すぐさまあっちに行くよう彼に合図していた。大樹、ちょっとかわいそう。

「なにが良かったの?」
「………教えねえ」

あの千空が聞いても教えてくれないなんて、これはきっと男同士の重大な秘密に違いない。深入りしないのが、イイ女だ。

「千空あのね、私千空にとっての都合のイイ女なら全然なれるし、それでも良いよ!」
「……!?んなこと簡単に言うなバカ」


この後みっちり説教された。



2021.5.15


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